不肖の息子で自他共に憚らず

混乱の最中は何とも思わなかったし、親戚連中にウチの会社の社長まで遠路遥々皆が駆け付けてくれたが、余りにも早いその死にはその後参列したどの葬儀よりも哀惜に満ちたものだったと思う。

そして、時が経つほどに自分が〝ママっ子〟だったことを思い知らされるし、お袋がいなくなってから自分の人生も予想もしない方向にいつも流れていく感じでこれも親不孝の報いかなと自分では思うが、精神的な支柱を失ったと言うか男にとって長男だからこそのなのかそのダメージはいつまで経っても消えない。
決して、お袋のことを思い出して涙を流すような上等な人間ではないけれどお袋の命日よりも自分の誕生日にこそ、お袋あっての自分がいるんだなとつくづく思う。

不肖の息子で自他共に憚らず、世間も狭くしているけれどもうお袋が死んで25年。
お袋のような上等な人間からは年々遠くなるような気さえするのも事実だが、自分が生まれた日にこそお袋のことを思うのはやはりマザコンの為せるわざかもしれない。

来年は50歳になるのだが、未だに一人前とは言い難い小生をどんな風に思っているのか知る由もないのだが、そう言えば小生の誕生日だけはお袋が自分の手でケーキを焼いて生クリームを作ってくれた。

親は子供に差別しないと思うけれど、明らかに我家では弟と長男である自分の間に年齢だけではない特別な思いを新たにさせる日だ。